最近、街中でブックカフェを見かけることが増えた。
僕は、まったりするのが好きなので、福岡在住の頃は天神の福岡ビルにあるTSUTAYAのブックカフェでよくのんびりしながら本を読んでいた。プライベートでけっこう好きな時間であったりするのである。
カフェでまったりついでに、特に目当ての本はないが、本棚をなんとなくのぞいていると、直感的に惹かれて買ってしまうことがあったりする。
えてして、そういう本は買って良かったと思えることが多い。
それは、日常のシーンの中で幸福な時間だと思う。
しかし、それはただの無機的な偶然ではなく、そんな幸福な出会いを思いを込めて陰で演出してくれている人の存在があるのかもしれない。
それは、今回取り上げる「本の声を聴け−ブックディレクター幅允孝の仕事」の主人公の幅允孝さんのような人なのかもしれない。
彼が本を並べると本棚が輝きはじめる
ブックディレクター 幅允孝。彼の肩書きであるブックディレクターという仕事は、ある意図を持って本を並べ、本棚全体を通して、見る者に、メッセージや世界観のようなものを感じさせるという仕事(本書より引用)だ。
一般の書店の場合、新書、ビジネス、雑誌、コミックなどのセグメント(分類)で棚に並べられている。
彼の場合、恋とか、美味しいものとか、宇宙とか、自然などより日常生活により添ったセグメントで本を並べている。
さらに、多くの人が関心を持てるような水準でテーマに沿って関係する本、雑誌、写真集や漫画などを集めて本棚に一つの世界観を作っている。
そして、1冊の本が最も輝く様に棚を演出し、POPなどの視覚の領域まで考慮して本を置いている。
そういった仕掛けが、買い手から見て居心地の良い本棚を作っていると頷ける事象として、彼が手がけたTSUTAYA ROPPONGI TOKYOで、当初の想定の3~4倍の客単価を記録したことにも表れている。
幸福な事故(アクシデント)を誘発する
幅さんは、本書の中で自分の仕事の意味について、「幸福な事故(アクシデント)を誘発する」ことだと強調している。
「幸福な事故(アクシデント)」とは、何気なく入った本屋で、自分に合った本や思わぬ掘り出し物、場合によっては人生を変えるような本に出会うアクシデントのことだ。
冒頭に書いたように、たまたま見かけた本が自分に合った本だった時は幸福な気分になる。
さらに、その本と周りの本が化学反応を起こして、イメージが広がり、自分の興味がどんどん広がるような喜びは、Amazonでは得られない魅力だ。(便利なのでAmazonは普通に利用するが。)
あらゆるものを等価に捉える
幅さんにとって、哲学書の横にマンガがあっても構わない、むしろおもしろいことだと捉える。
それは、彼のあらゆるものの価値に上下をつけず、等価に捉える価値観が大きく関係している。
戦後の高度成長期をさせた団塊の世代〜50代くらいまでの世代は、物事に上下を付けたり、価値の階層を気にしがちだ。
分かりやすい例が、親がマンガじゃなくて活字の本を読めというような言い方をすることだ。僕の親の世代は、活字の本=ためになる、マンガ=教育によくない、といった固定観念を持っている人が多い。
会社でも同様で、一つでも上のポストを目指して仕事をするし、経営で言えば、今よりも会社を大きくしようとする。
それは、戦後の物がない状態から高度経済成長の時代がもたらした価値観ともいえるだろう。
しかし、物がある状況を当たり前だと感じ育っている幅さんの世代やさらに下の僕の世代では、そういったステータスの様なもので心が動かない人が増えた。
自分にとって、おもしろいのか?役に立つか?の方が重要だ。だからこそ、本棚の世界観に沿えば、哲学書の横にマンガを置くことに違和感を持たない。
だからこそ、本をすべて等価に扱い、多くの人が楽しむことが出来る本棚を突き詰めて考えることが出来るのだろう。
まとめ
著者の高瀬さんが、幅さんの携わってきた仕事を通じて、彼の価値観や仕事観をまとめてくれているため、整理されていて読みやすかった。
彼の仕事もそうだが、彼の考え方や価値観は読んでいてなるほどと思わせられる内容が多かった。
本書の後半部分で、彼は自分の会社についてこう言っている。
売り上げを伸ばすよりも、本って悪くないよね、という人が毎年1%ずつ増える状況を三十年間つくり続ける、そんな会社が理想的です。社員をたくさんにして取引先を増やし、売り上げも倍増だ! みたいなことを目指すと、多分脇が甘くなる。細やかな心配りとか、慮りで成立している仕事だから、闇雲に大きくしようとした途端、自らの存在意義を見失ってしまう気がします。
この言葉が彼の仕事観・価値観を表現していると思う。
読んで本当に良かった1冊だった。そして、この本と巡りあわせてくれた書斎りーぶるに感謝だ。
世間的な評価の優劣よりも自分がおもしろい、好きだと感じるかどうか?そんな価値観の人には、本書を強くおすすめしたい。
それが、あなたにとっての幸福なアクシデントであることを祈って。